結果には必ず原因があります、というお話を
いつもさせて戴いております。
風邪を惹いたら「あ~、あれがマズかったかな~」と
振り返ってその原因を探ってみたりします。
子供同士のけんかでも親や学校の先生が止めに入ったりしたとき
「どうしたの!いったい何が原因なの!?」と
怒られながらも問い質されたりします。
3人兄弟(全員男)の真ん中の私もよくけんかをしました。
今思い出すと必ず私が絡んでいるのです、恥ずかしながら。
私と弟か、私と兄。兄弟げんかのパターンは必ずこのどちらか。
突き詰めればほぼ私のわがままが原因だったような気もします。
このように兄弟間で起きることから他人との間で起こること、
また個人の中で起こること
このどれにも例外なく原因があります。
「根本的な解決」にはその原因の解明まで
掘り下げることが必要です。
でなければ同じ事を何度も繰り返す、そしてなかなか事態が収拾
できないなんてことになるのは火を見るより明らか。
ただ、この原因という概念。
とっても気付きにくいもの。
また、気付きたくない、あえて自ら目を背けていることもあれば、
反対に 人為的に人の意識を外に、外に向けさせるように
されていることもあります。
人々が最も大切なことを考えないように、気付かないように。
ただ、何を受け入れるか否かを最終的に判断されるのは自分です。
12月8日。
日本のみならず世界に当時出来あがっていた
多分野にわたる秩序を、その方向を変えようとした日です。
勿論「医療」も例外ではありません。
「原因」を考える日としてはこのうえ無いでしょう。
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